鍵穴のひと/恋月 ぴの
まばゆいくらい輝いていた
その日からだったと思う
黒塀を穿つ節穴ならぬ鍵穴を覗くようになったのは
雨の日も
そして風の日も
その鍵穴を覗き続け
ついには寝食を惜しむほど
わたしの日常では果たし得ぬ世界にこころ囚われてしまった
今朝も今朝で買ったばかりのダッフルコートを着込み
ルンルン気分で鍵穴を覗くと
どうしてなのか何時もとは全く異なる世界が目の前に拡がっていて
膝をがくがくさせて冥府行きフェリー乗り場から逃げ出してくる女がひとり
鼻水垂らす泣き顔があまりにもみすぼらしく
同情を誘うどころか失笑を買ってしまうほどに間抜けすぎて
誰なのかと目を凝らしてみれば、その女、それはわたしだった
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