かめ/高橋魚
土に擬態してゆく空に、幾つもの六花が咲いてゆく。傍らを、頬や目尻を動かすことなく移動してゆく直方体。中には蟻が蠢いている。そう、伝え聞いたことがある。かつて蟻だった彼は酒を飲む度、種になりたい、あの六花の種になりたいと言い残して夢へと旅立つのだ。
六花とは冬の蝉である。蟻達がそれらを踏み潰すとすぐに消えてしまう。喪失の音色が寒風によって凍化され中空に連なる姿に、彼らは夢を見る。しかし彼らの死にゆく音はそんなものではない。ゆっくりと、轢かれてゆくような音を伴って、大地から寸断される。何かを想起するだとかそんなノスタルジアに浸る暇もなく別離しなければならない。皮肉にも、彼らが旅行に求めていたものが、死への道程の中で現れる。その路傍ではあの六花の再誕が亀の速度で進行する。
そして彼らは遺言として、亀になりたいと呟く。
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