フェリー乗り場のひと/恋月 ぴの
 
離れたベンチにはねんねこを羽織った女の姿
背から伝わる母の不安を察したのかむずかる赤子をあやしながら
見果てぬ地方の子守唄でも口ずさんでいた

それでも明けぬ夜が無いように何れ窓口に灯りはともり
安っぽい情けなど無用と忙しくカーテンを開く厚化粧の指先
チェーンを外した改札口には係員の姿かいま見え
冥府行きフェリーの出航を知らせるアナウンス待合室に流れる

そのときわたしはためらうことなく
そして後ろを振り返ることなく乗船できるのだろうか

永久の旅立ちを待ち望んでいたくせして
いざとなれば恐れおののき逃げてしまいたくなる

そんな心模様を見透かしたかのように
わたしの安否を気遣う家族からの着信音鳴り止まぬまま

待合室から早く逃げだしてこいとわたしを急かす


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