それでも世界は美しいと思うしかない宵の口/木屋 亞万
 
そう簡単には死なせないと尻を嘗め回す吹雪の指先
零れ落ちた涙にはナトリウムが不足していた

頭の中はサナトリウム
水族館のことだと思っていたら
それはアクアリウムだと老婦人に笑われた
やがて彼女は蝋人形にされてしまって
誰もが婦長の前を通る時だけわざとらしく咳をして
病室ではおいしそうにミルクティーを飲んでいる
窓の向こうでは高原の清清しい風が吹いているけれど
締め切った室内は人の熱気で窒息しそうだ

何度も君の名を呼んだ
君への言葉を探して声溜めを漁ったが
腐敗した木片に書かれた文字はどれも読めなかった
私は体の中の自然を病んでいる
かつて誰かがそう言った

「手は繋ぎたくないの、うつるわ、それ、病気だもの、サナトリウムに行った方がいいわ」

あれからずっと僕は窒息している
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