それでも世界は美しいと思うしかない宵の口/木屋 亞万
 
何度も君の名を呼んだ
声が出たことは一度もなかった

臍の奥底深くにある樹海
窒息しそうな木々の狭間
羊歯の葉の上に声溜めが転がっている
叫び出しそうになった声はきれいに縁取りされて
その薄汚い壺に保存されている
湿度が高いため保存状態は悲劇

臍の下には田園地帯が広がっていて
頭を垂れすぎた稲穂が地中に埋まり
次の芽を出そうとしていた
冬を越せない不完全な新芽は
何もかもを勃たたなかった茎のせいにした

薄い胸の内部には凍りついた湖がある
首から先が氷から抜けなくなった何羽もの鶴が
氷に閉じ込められた波を顔に浴びせられながら
泣き叫びあえぎ続けている
そう
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