東京の月/伊那 果
 
 くぐもるようなにおいはそのまま
 3年ぶりの東京
 深い深い地下鉄の 駅へと深く
 
 あなたの後姿 必死で追いかけてた
 手を伸ばせば届きそうなのに
 邪魔をしたのは 買ったばかりのハイヒールのせい
 階段に響かせるはずの音は
 発射の合図にかき消された

 口にしていれば変わったのだろうか
 あのひとことも
 

 張り巡らされた路線図をたどり
 あなたの生きた町まで
 果てしのない東京は さらに果てしない

 人ごみの中で見つけて大きく手をふると
 どうして寂しそうな顔になるの
 無邪気な問いが あなたを追い詰めたのだろう
 心に描く幸せな未来(あした)は
 私だけのものだった
 
 今ならば手をつなげただろうか
 あのぬくもりを

 5階分のエスカレーターを上って
 2階分の階段を上って
 やっと出た地上の空は
 ビルの灯りがとてもきれい

 私が生きられなかった街に生きる人たちの
 輝かしい窓の灯り
 あなたが生きていくと決めた街の
 華やかな夜のとばり
 
 今日は月も隠れていた
 
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