あのとき、こころはきずだらけだったのだと。/ホロウ・シカエルボク
 
スプレッソの残ったカップを眺めていようと思った。どうせ二度とないのだ。ジタンの煙は。エスプレッソの残ったカップは。例えばジタンの香りがすっかり消えてしまうころには、わたしはすっかり日常を取り戻し、何事もなかったようにテーブルを片付けるかもしれない。それならばもうすこしここでこうしていても何も問題はないじゃないか。ここにはわたしひとりだ。なにをしているのかなんて聞いてくるものはだれもいない。わたしはそのことに気まずさを感じることなんかない。そんな風に少し考えていただけで、ジタンの香りはすっかり消えてしまった。エスプレッソはもうあらゆる力を失っていた。わたしはふらふらと無人になった椅子の対面の椅子に腰を下ろした。どこかの国で大地震があったと、あの人が置いていった下世話な新聞に書いてあった。わたしは地震のことを思った。そして、もしも自分がそこにいたとしたら、呆然としているうちにすべてが終わってしまうのだろうな、なんてことを。



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