あのとき、こころはきずだらけだったのだと。/ホロウ・シカエルボク
混線した電話からほんの一瞬だけ聞こえた名も知らぬ誰かの泣声のように、どう対処していいのか判らない種類の痛みを残してあの人は消えてしまった。テーブルの上のエスプレッソすら、きちんと始末して行かなかった。わたしはずっと前から予感していたはずのそんな出来事に目も当てられないほどに動揺して、まだそこらに漂っているジタンの煙を小瓶に入れてどこかにしまっておこうかなんて考えていた。どんなふうに後片付けにかかればいいのか、まるで上手く思いつかなかった。そんなことはこれまでの人生において、初めてのことだった。考えることなんかない。灰皿と、カップを下げて、灰皿に少し水を落とし、きちんと火を消してから(あの人
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