三六水害/西天 龍
 
「昭和三七年竣工」と
定礎された橋のたもとで
その地蔵は天竜川の下流
南に向かい祈っていた

昭和三六年を生き抜いた者も
昭和三六年を言い聞かされた者も
当たり前のように裳を換え
水と花を供える

「怖かったろうに、苦しかったろうに」
そうつぶやき線香を手向ける
老婆の背中で
幼子も見真似で手を合わせる

昭和三六年を生き抜いた者が
やがて立ち去って
昭和三六年の記憶が消え去っても
祈りの遺跡は佇み続ける

この谷の子孫たちが
生き抜くことを見守るために

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