帰ってきた沼でフライロッドを継ぐ/北村 守通
 
突入する前触れなのだ、ということだけは知っていた。水面直下に注意が向けられていることを想定してフライの選択を行った。フライボックスの中を覗き込んだとき、慣れない手つきで鹿の毛を密に巻いたディアヘアバグらしきものと、塗装のいびつなコルクポッパーが目に留まった。私でもこれらほどは酷くはなかった。しかし、私はこれらほど為すべきことをしたことがなかった。これらは忠実に自分に与えられた仕事をし、どんな状況下においても不屈であった。私はおそるおそるディアヘアバグをつまみ出すと、いつもよりは素早くティペットに結びつけた。
 再び水面を観た。
 先ほどまではっきりと見えていた水面まで延びきった大カナダ藻のシルエットが、今では水面上に浮かんでいうる異物、とだけしか認識できなくなっていた。偏光グラスはもはや本来の目的のためには不要であった。
 陽は大幅に傾きつつあった。
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