ポケットのなか/熊野とろろ
 
見知らぬ人々に蚊に刺された程度の微かな歪みを与える。これは夢想する我々の夢だ。僕のポケットからの戯言だ。ポケットは少し自信過剰でお調子者だから、過信気味だが、しかし見てみなよ、やはりどこかしこも言葉の真実に裏付けられる風景だ。
僕は部屋に戻り、ベッドに躯を横たえた。夜風に背を撫でられ、意識がフェードアウトしていく。眠りから覚めるとポケットには数えるほどしか言葉は残っていなかった。僅かな言葉で、僕は言葉を記そうと思った。浅い興奮のなか、拾い集めた言葉を再び巨大な荒野で彷徨わせてあげようと思った。しかし、拾った言葉は冷たくて、すでに固く動こうとしない。僕は死んでしまった言葉を葬送するための言葉を書き記す。すっからかんにポケットのジーンズを履いて、僕はまたあらゆる街を歩くだろう。名のない街角で言葉はポケットから貌をつきだし、僕に向かって自信過剰に話しかけるのだ。
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