酔歌/ブライアン
 
祖父にIDなどいらない。祖父に必要なもの。
肥料と祖母と日本酒だった。

年を追うごとにお酒に弱くなった祖父は、
孫の結婚式ですぐに酔っ払いはじめて
真夜中の方が、もっと明るくはないか、と言った。

JAから送られてくる小冊子を傍らにした祖父は
歌を歌う。
祖母の肩を抱き寄せ、そして払いのけられながら。

家庭を持ち始めた孫たちは、祖父の歌に耳を傾ける。
いま、自慢の果樹園を継ぐのは、
子供のいない長男だった。
孫たちは、ようやく、林檎2箱の甘さに気がつく。

噛み砕き、消化されて。

 祖父が求めているものはなんだろう。
 祖父の求めているものは、仕事だ。
 
 これは祖父の朝だ。祖父の昼がはじまろうとしている。
 さあ、来い、来い、大いなる正午よ。

甲子園球場のサイレンがなる。
祖父は反芻する牛のように、酒を飲む。
孫たちは、散り散りになった。
夏は、秋を迎える過程でしかない。
秋は、林檎が生まれる、季節でしかない。

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