代々木八幡/……とある蛙
 
季節外れの神社に
十歳の僕と親父が歩いてゆく
親父は何もしゃべらない
僕も黙ってついて行く
参道の階段には銀杏の葉
黄色い黄色い石の道
段々を上って一息入れる
親父の肺は一つしかない。

階段の先には狛犬が
二匹の狛犬が睨んでいる。
僕には声がでない。
黙って親父について行く

拝殿の前で一礼
二礼二拍なんて知らない
親父のまねをしてぺこりとお辞儀
手順を間違えても親父は黙ったまま
ただ歩いてゆく

退院する前と違うのは
猫背になってしまった歩き方
幾分青白い顔色
笑顔のない
親父は又黙ったまま歩いてゆく

親父が口を開いた
初めて口を開いた
誰にでもない僕に口を開いた。
とても誇らしい気分だった
でも口から出た言葉は
一言

「すまなかった」
だけだった。
十歳の僕は悲しかった
何も言えずに悲しかった
それから僕は人を尊敬することや
自分が生きていること自体こわくなった。

自分に子供ができるまで。
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