アポカテラロ lite/人 さわこ
 
部屋の明かりに夏忘れの虫が誘われてくる。お前たちが帰るであろう場所を、私は何年も前に見てきたよ。お前たちにとって遥か遥かの先祖の時代に。
「いい湯加減だよ」
指が畳のへりをなぞって、座布団の埃に一瞬見とれた。
小さな窓から風が肩を撫でる。桶の音に顔が火照る。誰もが最初に見る世界を思い出す。真っ暗闇の体温の壁の中、一筋だけ見えていた隙間の向こうで、今私は泣きそうだ。さっきの話を忘れないように、しっかりと抱えられるように。思い切り泣いた。体が泣くのをやめるまで、思い切り泣いた。
人のことを思う。この世界で生まれた命のことを思う。私が泣くより先に、泣くことをやめた人のことを思う。私が泣き止む前に
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