えれえるえろてかえろていく/aidanico
果のだらしない状態であった。文庫本が散乱していて、読みかけのものが幾つも栞が途中で挟まれたまま散らばっている。神経質人間なら気になるであろうカバーの帯も、もうぼろぼろで千切れているものすらあった。山積みのCDはちいさな瑕が無数にあって、もう半年も前から聞いていないものもある。どうにも無精である。自覚があるだけまだましなほうだ、と言い聞かせる。
楽屋
長い付け睫毛を、もう三枚も目尻に重ねているので、糊の乾くのがずいぶんと遅い。まだ真夏なので、毛皮の上着は買ったものの、着るには幾分早すぎる気温である。せめて目尻に重たさを、爪には深みのある沼のような焦げ茶色を。幾つもの白熱灯がガヤガヤと音を立てんばかりに鏡台を賑やかに覆っている。今日も脚は時化ている。行き交う靴の音がウェイターの男のそればかりである。色褪せた薄い布切れがぼろの階段をを取り繕うように囲っている舞台よりは、よっぽど此方の方が賑やかだろう。ショウは始まる様子はない。糊が乾いてわたしはやっと自由に瞬きが出来る。靴の踵を鳴らす。それだけで音楽は流れ出す。
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