紅茶が冷めるまで/木屋 亞万
 
つぶれて血のようなものが付きました。それはじんわりと温かくて少し赤みを帯びた茶色をしていました。それは紅茶でした。最初は温かかったのに少し冷めてしまった紅茶でした。秋が来て程よく熟したときの葉っぱの匂いがしました。その真ん中で蚊がつぶれていなければ、思い切り舌を出して舐めていたことでしょう。
あぁといくつかため息を吐いていると、空からお母さんの声が聞こえてきました。紅茶が冷めてしまいますよと言っています。浮かんでいる大きなひつじが邪魔でお母さんが見えません。どうしたのですと心配そうに聞いてくるので、一番邪魔な白い塊を指差して「ひつじ」と言いました。

お父さんが帰ってきて私たちを病院に連れて行きました。いろいろな大人たちがひつじと戦おうとしましたが、誰もひつじには届きませんでした。みんな自分の草原に迷い込んで、ひつじ取りがひつじになりました。
ティーカップの紅茶はもうすっかり冷めてしまって、乾き始めているでしょう。
たぶん今頃はカップの底に丸いレンガになってこびりついているに違いありません。

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