電車ごっこ/吉田ぐんじょう
しまう)
。
雑踏の中から帰宅した夕暮れ
ふとズボンのポッケットへ手を突っ込むと
果実のような形をした
誰かの心臓が入っていた
急いで降りた駅へ戻り
遺失物の確認をしたのだが
―心臓を落とされた方ですか
―いなかったようですけどねえ
新月の夜に似た濃紺の制服を着た駅員は
何かの帳簿をいじくりまわしながら
つまらなそうに言った
その日からわたしは
ズボンの尻ポケットへ心臓を入れたまま
町じゅう歩き回っている
もくんもくんと動き続ける心臓を
早く持ち主に返さないといけない
そうしなければ
誰かがそばにいるような気がして
誰かがそばで
わたしに笑いかけているような気がして
安心してしまうから困るのだ
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