接吻/殿岡秀秋
ひらがなを読みはじめたころだ
ぼくは母と一緒に千住の街を歩いていた
街角の壁に貼ってある
映画のポスターには男の人と
女の人の顔が描かれていた
そこに読めない漢字
「あのじはなんとよむの」
「セップン」
「せっぷんってなあに」
少し困った様子が
母のからだの緊張から
伝わってくる
母のからだの内側のうごきは
ぼくのからだにも
同じ緊張を生む
「男の人と女の人が好きになったときに
唇と唇を合わせることよ」
子どもには言いたくないことを
問われたから仕方なく
大人として説明しなくてはならない
という義務感で
舗装路を見ながら
西瓜の種を吐きだすように
[次のページ]
戻る 編 削 Point(8)