真空にかすり傷/木屋 亞万
 


ごく稀に銃弾をすり抜けられる人がいる
その人は年齢が表に現れない
やがては死にゆくけれど、老けてゆかない
生まれたとき、真空にガリリと小さなかすり傷をつけて
その中に生れ落ちる

住む世界も、吸う空気も違う
宇宙が小さな傷跡を癒す間、宇宙にとっては一瞬である一生の中で
その人は美しく生き、嘘のように死んでゆくのだ

誰にも守られず、誰も守れず、真空はその人を隔てる。深く、遠く
月と地球の狭間にいるような、そんな別世界の住人の顔をして
その人はそっと太陽を食らうフリをする

ゆっくりと月の方へ歩いていきながら
その人は塞がっていく傷口を愛しそうに眺めていた
たぶん宇宙もかさぶたの中にいるその人が気になって仕方なかったことだろう
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