遠い夢?デッサン/前田ふむふむ
 
何処かで見たことがある、祖父の葬儀のとき
に、祖母が喪服につけた、生涯取らなかった嘔吐のシミ、妹
が、二十歳の夕暮れを、血で刻んだ透明な落書が、荒れた呼
吸に合わせて、これも、昇っていった。でも、一つだけ残る
父母が、いっしょに、暗闇で爪を割りながら削った傷のなか
には、階段の途中にひろがる、居間があり、切れかけた蛍光
灯が、不規則に点灯している。
テーブルの篭には、産声をあげたばかりの一匹の青い子犬が、
壊れそうな声をあげている。
一回、まばたきをすると、わたしは、眼を覚まして、ひとり、
テーブルに座っていた。目の前には、安物の木皿のうえに首
を吊るした林檎が化石になって、積まれている。
階段の踊り場では、わたしの後姿を、少年のわたしが
見ている。
少年は、ひかりに満ちた階下に降りていった。


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