海と蟻/夏嶋 真子
 
彼ら中の一匹ではないといってくれないか。
手を強く握ってくれないか。

黒い帯は鎮魂歌になって渚を流れる。
奇怪な美しさに身じろぎもできず、私は釘付けになっていたが
やがて潮騒が感傷で滲んだ視線を
蟻と私の思考の及ばぬ遠く、水平線へと逃がす。


海。


太陽の欠片を溶かし銀に輝く魂の通り道。
衝動がよせ、静寂が返すその隙間に
すべての葛藤が内包されている。
私にはわからなくとも、
海は理由を知っているはずだ。

蟻と私の母である海。
次第に大きくなる波にかき消されていく浜辺の紋様は
波の描くたおやかな曲線に同調し、
蟻の亡骸は豊かな母の乳房へと帰っていく。
私はそれをいつまでも見送りつづけた。




やがて
生き残った一匹の蟻が、よろよろと生へと歩き始める。




海よ。





海よ。





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