そんな背中なんて見ない/佐々宝砂
 
ひとり入ったいつものスナックで
私は少し怒っている
はじめて会う客の唄声が耳につく
頼むからひとりでデュエットをやってのけるなよ
それってもう長いこと私の十八番(おはこ)なんだから

見れば
私と髪の長さが同じくらいで
それを安直に素っ気ないゴムで束ねていて
私と同じようなアーミーハットかぶって
腕の太さも私とあまり変わりがなくて
声域すら私とほとんど同じで
背格好だって
いや私よりほんのすこし背が高い

あっちを観察してるのに気づくと
こっちにウインクしてのけるので
また腹が立つ

腹立ったまま
こっちもひとりデュエットをやって聞かせる
男の声も女
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