呼鈴/小川 葉
 
 
 
階段を昇り終えると
手には指のようなものが生えていて
動かすとそれは
自分のもののように動くので
そればかりじっと見ていた

窓を開けると
外はどこまでも夜で
星のようなものが瞬いている
あるいは星ではないかも知れない

家の前の細い道を
いつか顔見知りになるはずの
若い女の人が
私の顔をじっと見て
通り過ぎていく
あるいはこれから先も
顔見知りには
ならないかもしれないのに
下のほうから呼鈴の音がするので
階段を降りていくと
玄関の鍵を開けて扉を開く
生まれて間もない私を抱いた
母が帰ってくる

乳くさい匂いが家中に広がると
夢から覚めた
私の顔を見ている
若い女の人をその日から
一生母さんと呼んだ

あの日夢の中にいた
もうひとりの母に会える気がして
階段を何度も昇り終えてみるけど
呼鈴の音がして
階段を降りていく途中で
いつもその夢は終わっていた

私しかいないところで
自分の指を動かしてみると
それをじっと見てる
私を私が見てることもあった
 
 
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