旅レコード/影山影司
 
 長旅は遂に終わる
 故郷は思い出せぬほどに遠く
 削れた左足は針のように細く
 垂れた垢汗血涙は大地を穿つ
 両の腕は脚代わりに杖を突く
 三本足の旅人は声を聞く

 父は遠くから来た、と母が語った
 子種を残して、また遠くへ行く、と旅立ったとも
 「帰ってくるのか」と尋ねると
 「ここではない所へ」と笑ったという

 幻聴だ
 十になる頃には毎日父の声を聞いた
 「ここではない所へ」

 その話をすると村人は皆俺のことを気味悪がった
 俺の居場所は村に無くなり、俺は故郷を忌み嫌った
 母は、俺と父のことを泣き叫んでなじった

 「ここではない所へ」
 
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