立ち上がる時/いっと
 
小さな男の子が机に向かって、何か、書いている。詩を書いている。稚拙だが、情感にあふれた、愛おしい言葉が、黒鉛を犠牲にして、生まれていく。時おりぼんやりと何かにふけっている男の子の姿は、秩序立った世界と溶け合うことを拒んでいるようにも見える。紙の上をさらさらと流れる音が、心地よい。 
「お母さん、僕、詩を書いたよ」 
「どれどれ見せて」 
「これ」 
「うん」 
「はい」 
母と子の間に 
無音の時間が流れる 
永久に見つからなくても 
困ることは何も無い 
しかし大切な 
大切な 
ことを 
見つける 
この日 
何よりも雄弁な会話が 
為されたことを 
誰も知らない 
世界が色を変えたことを 
誰も知らない
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