アブシの涙/狸亭
アブシの涙を忘れない
ミスター・アブシの
ベイルート市
ハムラ通りを
エトワールから海岸通りに向かって行くと
左に折れる路地があり
道なりに坂をだらだら登って行くと
右手にケントホテルがある
三流ホテルの二階の隅のさびしい部屋に
パジャマ姿のアブシを見舞う
プロデコ広告社の贅沢な社長室で
アブシはいつも
ダンディーな身ごなしで
大きなソファーに座って
応接は優雅
英語は明晰
秘書はとびきりの美女
アブシは生涯
独身主義を貫くのだという
四十歳をすぎてなお
なぜにアブシは独身か
初恋の人が忘れられぬためではない
プレイボーイを愉しむためでは
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