Doll/ツキチカ
 
その店の前には男が独り
その手は確かめるように
古ぼけた樫の扉に触れる
退廃的な空気に惹かれて
蝶番を軋ませ踏み入れた

男は躊躇を一切見せない

待っていたのは想像通り
寂れた雰囲気とマスター

「こんばんは。
 ようこそいらっしゃいました。」

少し微笑んだ唇さえ
温かみを感じないのは
男の心のせいではない

「邪魔するよ」

男はカウンターに腰掛け
雨に濡れた髪に触れる

「ご注文は如何なさいますか?」

問う美しいテノール
寒々しいくらいに
男はやはり間を置かず
嘆息よろしく吐き出す


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