春雷の夜/松本 卓也
 
今年もまた気付かぬ内に
桜が散りかけていた

当てもなくふらついても
ただ足が痛むだけだと
思い知っているだろうに

例えば昨夜
家路に続く坂道の
向こう側に浮かんだ月に
見とれてしまうような

例えば今朝
交差点に置かれた
枯れ果てた餞に
寂しさを覚えるような

例えば先週
交通事故の現場で
広がる血糊から
思わず目を背けたような

少しずつ確かに
感じる事さえ億劫になりながら
明日が晴れでありますようにと
今日を繰り返しているだけの紛いもの

生きる事さえ許されなかった
いくつかの群像に比べれば
なんと贅沢な悩みだろう
生きているだけ
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