不在/前澤 薫
古びたモーツァルトの響き。
どんなロマンスも叶わない。
つらく悲しかったのはいつのことやら。
駅の蔦がまぶしく露で光っていたのは。
孤独に討ち入ることもできず、
茶色い紙を鉛筆で傷つけ、
耳を傷つけ、
刻一刻すべり込む時間を
疑うこともせず。
乾いた白い爪に
どんな思い出があったのだろうか。
消しゴムの破片に
どんな削り崩した時があったのだろうか。
……
もはや、三十三年も生きた。
ジリっとモーツァルトが響き止むとき、
滑らかすぎる鏡が一切の不在を告げた。
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