ある渓流の淵にて/北村 守通
 
由を失った
右足に
違和感を感じた
そこに
女の手があった

女は怖い顔をしていた
当然
私が悪かったのだ
しかし
何も足を掴むことはない
それはそれで
失礼なことに思えてむっとしたので
私は右手を差し出した
左手は
差し出せなかった
呼び止めたければ
正面切って
手を握り合えばよいのだ
足を取られるのは
不自由だった
幸い
彼女はわかってくれて
私の差し伸べた
右手を取った
その表情は
やわらかかった

  瞬間
  とてつもない衝撃と共に
  青い世界が
  真っ赤に変わった
  
リトマス試験紙の反応ならば
それは酸性を表すことだったろうが
これも酸性を表すことなのかどうかは
判断できなかった
ただ
彼女は
大事そうに
私の右手をなでながら
己の住処へと帰ってゆくところだった
多分
彼女は
やっと満足することができたと思うので
それ以上を望むようには思えなかったので
私は静かに満足し
赤い水の中
左手の中の毛ばりと共に
しばしの眠りについた  
戻る   Point(2)