いつかどこにも行けなかった旅人のはなし/ホロウ・シカエルボク
 
聞いた
ここはどこだ、どうなってるんだ
娘は何も言わず微笑んで俺の瞳を覗きこんでいた

そのあと少し眠ったような気がした、正気に戻ると娘の姿は無かった
終着駅に辿り着き、ホームに降りると
客車の出口で二人が待っていた
「記憶は誰かを追ったりなんかしない 追われるものがそれを記憶だと取り違えるのだ」
それから、もうひと包みあげようか
と彼は言った、俺は首を横に振った
もしかしたら我知らず笑いを浮かべていたかもしれない
老人は頷くと娘の手を引いて去っていった
娘は途中で振り返りさようならと手を振った

駅の食堂でサンドウィッチとコーヒーを飲み
不思議なほど楽になった心の状態に戸惑った
記憶は誰かを追ったりなんかしない、だけど俺は
ほうほうのていでそいつから逃げようとしていたのだ
新しい列車がついて食堂は賑わっていた
俺はその中の誰とも知り合いではなかったけれど


もう少なくとも暗がりの瞳に
これ以上怯えることはないのだ








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