毬藻/黒田康之
あなたが父親であるということなんですか。
静かにそう言い放ったが、少なからず私は動揺していた。しかしそれを見せまいと、私はクライアントの顔を見つめた。クライアントは私の胸元を注視していた。予定より少し早い来訪だったので、私はあわてて締めた濃いグレーのネクタイの結び目が気になって、右手でそれを少し直した。グレーの地にピンクとパープルのドットが打たれたネクタイだった。クライアントは革張りのカウチに深く背をもたれて、その視線は動かなかった。彼の相談は明確だった。彼は父親なのだという。それは誰の父でもなく、紛れもなく、彼自体が彼の父親なのだというのだ。
話はこうだ。今三十七歳になる彼は、二年前、
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