彼方から/音阿弥花三郎
 
1.
この暖気は彼方から来る
唾液の滴る地平より
巨大な湿地帯を通りぬけ
じかに私の肺臓に進入し
私を喜ばし慰める

この暖気は途絶えることがない
凶暴な森林を通過し
世界の不安な脇腹をかすめ
私の鼻腔に入るや
私の気道を熱くさせる

その暖気のみなもと
発生するのはあまたの臥所
白昼と云わず深夜と云わず
止まる事を知らない生き物の営み

2.
ああ ひぐらしが鳴いている
しかしここは死の臭い濛々と立ち籠めるだけ
ここには麗しい命はないのだ
ああ ここに倒れて転がる女や男がいる
不定形に変化し続ける女や男がいる
這いながら螺旋状に液体を流す者らだ
けっして命を創らぬ者らだ

すでに日も落ちたというのに
ひぐらしが鳴いている
先ほどまで 私の
ベッドを濡らしていたのは如何なる体液か
それは あなたの涙だ
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