風への言伝/松本 卓也
 
無言で積み重ねていく
毎日に奪われていくのは
ただ明日ばかりじゃない

物語を読み耽りながら
十年前の今頃を振り返っても
霞がかった記憶の端で
今と同じように不貞腐れてつつ

部屋の隅っこで皮肉な笑みを浮かべ
自分と誰かとの違いを品定める姿に
どれだけの変哲も見出せないで

黙々と向かう先に
希望も絶望も見出せぬまま
灰色の空へと続く階段を
手探りで登っていく

もしも風に浮かべるのなら
唯一だった優しさを探して
彷徨うこともできるだろうに

狭窄した視野の向こう側で
微笑みかけてくれる幻想が
このごろとても眩しくて

どれだけ手を伸ばしても
届かないと思い知らされ
頬撫で励ましてくれた声音は
まるで思い出せなくなった

だけど与えてくれた温度を
未だに抱きかかえて暮らすから
明日また一つ失うとしても
何とか歩いていられること

風よどうか
伝えてくれないか


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