自分評/汰介
 
知れない物に打ち勝つには、世界と対決せねばならず、ありとあらゆる対抗手段をとらねばならず、
その蓄積の重さにその得体の知れない物が堪えられ無いのであれば、
それは、嘘っぱちであると言う、非常に捻じれた解決法を求め、
それは、そこまでして初めて均衡が取れる、と言う事に今初めて気付く。

そう、その情緒不安定の得体の知れない妄想の発想が今の私に再び辿り着くには、
同じだけの重みがいるのだ。
その妄想の発想が、現実にこの目で確認出来た、と心底納得出来るまでは、
私はそれから逃げ続けるであろう。

つまり、それで残された物は或る「唾に塗れた恥ずかしさ」「虫歯」
「心を洗濯ばさみでつままれる様な痛み」「薮蛇」「茨」「釣られた魚」「空のポットの銀の部分を見る様な虚しさ」「痛々しく光に反射するメスを密かに刺し入れられる事」であり、
これが、結局それまでの詩作の「極めて居心地の悪い核」なのかも知れない。

しかしそれも、詩の技術としては、なんら大した事はしていない、自分自身への依存度が高いのである。

結局到達したのは、単なるナルシスティックな物なのかも知れない。

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