単純な犯罪/木屋 亞万
 
は遠いところにいる、目を閉じて温風が胸に吹き込むのを待つ

ガラガラと引き戸の開く音がする
スリッパのペタペタかすかす歩く音がする
詰まっていない右の鼻の穴が石鹸の匂いを嗅ぎ取った
強烈な匂いだった、石鹸が診察に来たのだろうか
「保険証もお願いします」と受付は言う
石鹸は何も語らない、スリッパが再び歩く
石鹸もスリッパを履くのだろうか
隣に座ったのがソファの沈みと音でわかった
目を開き石鹸の正体を見ようかとも思ったが、やめた

隣に来ればなおさら匂いはきつくなる
数年前に使用していたボディーソープと同じ香りだ
このお方はもしかすると身体に泡をつけたまま流すのを忘れて

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