ヒーローになれない/百瀬朝子
大切なものは手に入れない
失くしてしまったら悲しくて
その悲しさのあまり
手に入れてしまったこと自体
後悔してしまうから
大切なものは失くす前に
自ら手放すことにした
自分から望んで手放してしまえば
それはそれで
諦められるから
大切なものは空に返すことにした
夜空にきらめく星たちのように
手の届かないところに預けてしまえば
この手で触れることができなくても
見上げればいつだってこの目で見られる
なにより、失くす心配をしなくていい
そんなふうに生きてきた僕には
大切なものが何一つ
この手の中には残っていない
そして僕は
大切なものを守ることを忘れていくだろう
それはたとえば、愛する者がそばに現れたときに
その人を守ってあげられないことを意味するだろう
そのとき僕は悲しみで涙を流すだろうか
それとも、大切なものを失くさなくてすむと
両の手を挙げて喜ぶのだろうか
いずれにしろ、
そんなかっこわるい僕は
ヒーローにはなれない
ああ、消えてしまいたいよ
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