デルモンテ/透明な魚
僕は酷く簡単な世界に生きていた
どれだけ世界そのものが複雑であろうとも
人は其れを受け入れて簡素化する能力がある
どうしようもない程の暗闇から這い出して見た景色は
無常からも僕を引き揚げてくれた
面白い時に笑い
悲しい時に泣く
その意味さえ解からなくなっていた事が
僕を操る透明の糸が器用に動き
僕は地面に平伏した
僕は死を何度も何度もなぞる
其処に在る記憶を吟味する
僕を占める儚い想いが世界に与える事の意味を考えている
例え其れが何の意味も無く
「いいよ」と言われた時は
僕は震えながら眠りにつくだろう
デルモンテのトマトの缶詰を開ける事ができないのは
家に缶切りが無いと言う事とは
根本的に別問題だとなんとなく思う
現実には缶詰さえも無い
僕は不意に記憶の中で其れに出会っているのだ
現実にはパスタを食べながら
混沌とした記憶の中でフォークとスプーンは軽やかに宙を舞う
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