最高の酒/松本 卓也
とのように
もう少し長い間振舞う事が出来るくらい
美味い酒を味わえるはずさ
針の一刺しで崩れそうな均衡が
当たり前になってきたならばさ
絶対に誰かと同じになりえない事情へ
意味の無い拘りを持ってみればいい
底が微かにでも抜ける度に
俺が死んだ俺が死んだと嘯きながら
呷る安酒の美味さといったら
居酒屋で一枡千五百円の酒を啜るより
遥か向こう側へ連れて行ってくれそうに思うものさ
ツマミは目から自然に溢れ出てくるし
肴は今日守れなかった馬鹿馬鹿しい誇りが潤してくれる
誰も彼もが一言も言葉を失くした頃
待つものも居ない部屋で酒を飲み干せ
情けない肖像を描きながら
歌いきる事ができなかった歌を
存分にかき鳴らしてみる頃に
安酒はまるで最後の晩餐で捧げられた
葡萄酒のように芳醇な香りを放ち始め
今日を捨て去るには十分な酔魔を教えてくれるさ
もう一杯飲んで
もう一杯注いで
今頃己に酔う僕の美酒を嘲笑う
皆共の言葉を妄想しながら
最高の酒はそうやって呑むものさ
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