聖灰水曜日の楽譜/《81》柴田望
 
深夜油断していると俎板から活きのいい包丁ぬるりすべり落ち 足にあたって跳ねた 動脈に小さな裂け目がどくどく血を吐きだし タオルできつく縛ったが床上浸水のごとく出血はひろがり 光彩ゆたかな湖になり くるぶしの辺り漣(さざなみ)をうつ なんてことはなかった 筋萎縮性硬化症にかかった祖母のことを思い出した 見舞いの帰りにマフラーを忘れたおかげでひとり病室へ戻り 交わした言葉が最後だった 「これ、おじいちゃんが着ていたシャツだよ 覚えてる?」 「ああ、思い出した。」 活きのいい顔じゃなかったけど一瞬、血の気が戻ったね 二週間後血管は破れ くも膜下出血は静かにひろがっていき もう脈うつことはない 左足から流
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