影のない犬/木屋 亞万
同級生じゃないか、確か最後まで店に来てくれた唯一の常連さん、跡継ぎがいないから一人で作業してるんだな、大変そうだ、ねえ、あの海と空の境にある線を越えると空へ行けるんだろうか、この海はとにかくでかい三途の川かもしれないね、爺さん、じいさん、俺は最後まで青がわからなかった、わかろうとしたんだけどなあ
ある朝、犬の影がなくなっていることに気付いた
ついに目までおかしくなっちまったと思っていたら
その夜、犬は静かに死んでいた
知り合いの漁師の話によると
海を犬の影が走っていくところを見たのだそうだ
私の影も一緒だったが、彼の漁の手伝いをするために立ち止まったらしい
彼は不思議な体験だと思いながら、私の影に手伝いを頼み
仕事を終えたので影を家まで送り届けてくれたらしい
そうか、今朝から私の影もいなくなっていたのだ
犬のほうに気を取られて気付かなかった
これから本当に一人だ
夜だ
ふと見上げた空にはたくさんの星があって
黒い犬の影がその隙間を流れていったような気がした
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