毛を舐める猫/木屋 亞万
 
朝、目覚めると妻がいなかった
身重で明後日には出産する予定だった
大きなお腹が隣から消えた
「好きだよ」と言うと「当たり前」と答える
あの妻がいない

ふらりと朝の公園へ出向く
鳩が悲しそうに泣いている
痰が絡んだような、舌足らずな鳴き声
今朝急に寒くなったからぼとぼと落ちている蝉
どの骸も上を向いている

生物は死んでしまうと上を向くものらしい
水槽で白い腹を浮かべていた金魚の死骸を思い出す
考えないようにしようとしても、どうしようもなく妻の記憶が蘇る
妻も白くて大きなお腹をしていた
月明かりの下で私だけに見せてくれた張りのある艶やかなお腹
私はそのお腹が愛しく
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