迷信/吉田ぐんじょう
鏡の向こうの人はわたしと同じように
こころもち右に傾いて
ぼかんと口を開けている
もしかしたら笑うだろうかと思って
知らない人が映るたびに変な顔をしたり
笑いかけたりしてみるけれど無表情なままだ
やわらかそうな瞳には何も映っていない
諦めて立ち去るのだけれど
わたしが立ち去った後もずっと
知らない人だけ鏡に残っている
また本当に時たまだけれど
鏡の中の左右反転した世界の片隅に
昔たいせつにしていたがらくたが
ぽちんと転がっているときもあった
しん、と取り残されたがらくた
なんだかかわいそうだった
あまり鏡を見つめていると父か母がやってきて
わたしをそこから引き離した
もしかしたら知っていたのかもしれないと思う
父も母もときどき鏡を
じっとのぞきこんでいるときがあったから
今では鏡をのぞいても
自分しか映ることはない
それが少しさみしいと思うこともある
※わたしの住む、茨城県に言い伝えられる迷信です。
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