逃亡の日/ましろ
 
ようなぼろアパートに
電話にむかって一人暮らしの中年女が罵る声を合図に
剥げたペディキュアの汚い足をおっぴろげて眠る女と
携帯メールに興じているその女の男の住む部屋の天井に入り込む

蝙蝠のように気配を消して
何食わぬ顔ではり付いていればいい

男と女がうまいうまいと言う冷凍食品の残り滓を食べ
電車やトラックがガタガタと走るたび 
有線が大音響でかけられるたび
大きくばたつき
ひび割れたチークや雑誌 ブランドものの大きな腕時計に糞をする

そのうちに
わたしの蠢く音はレンジのチンと変わらなくなる

今度こそうまくやれる
簡単なことだ


嵐の中
夫は私を捜すだろう

町は穏やかになり山が虹に照らされる

何年か待ち帰って来なくても
わたしの残していった絵や詩を人質に
いつまでも信じて

チィチィチィチィチィチィ 
彼の見つめる ぴーち色の空が
蝙蝠の鳴き声で少しだけふるえている
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