九月のシャツはグレープの匂い/佐野権太
 
硝子に押しつけた
こめかみをたどって
冷たい雨がしたたる
降車ボタンは
どれもかなしく灯りそうで
斜めに落下する、指先

目的地なんて
最初から
あるようでなかった

オクターブ低いところを流れる
あなたの声は
灰青の空に似合いすぎて
泣いてしまいそう
白い長袖シャツの
やわらかな骨格を覚えてる

信号が
赤く膨らんで
アイドリングが止まるたび
肘に、肩に、忍び込む魚群
長い尾に
わたし
何度も轢かれる

晴れやかなバス停に立つ
懐かしい横顔が
アクアリウムの車窓と
半円を描いてすれ違う
手をあげたシャツの裾が
はためいて
はためいて

そのくちびるの動きを
読み取ろうとして
水柱の向こう
もう
もとのかたちが
わからないくらいに






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