盆地の田/ブライアン
 
や、響いてなかったかもしれない。そう思っただけだ。何も、聞こえはしなかった。物音や言葉は溶けて消えてしまった。僕らが気が付いたのは、彼女の登下校の道を歩いている時だった。山から下ってくる細い道を僕らは占領して泣いていた。コンクリートにひびが入った道、雨が降ると水たまりのできる道だった。彼女の、笑ってよ、という声が聞こえた。僕らは一同に辺りを見回した。みんな、鼻の頭を赤くしていた。目は腫れぼったく、充血していた。鼻をすする音が響いていた。盆地に続く下り坂から田は一面に広がっていく。僕らの鼻をすする音は、下り坂を利用して、盆地一面に広がっていくようだった。僕らは可笑しくなった。可笑しくなって、笑った。鼻水をたらしたり、痰が口からこぼれ落ちたりしていた。道の両脇から広がる黄金色した田は、溶けたはずの言葉を浮かび上がらせた。

風が吹く。その度、浮かび上がった言葉を拾い集めるのだった。もっと、もっとたくさん、と彼女は両手で抱え込む。
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