名もない花/星月冬灯
後ろを振り向いてはいけない、ただそれだけを
心に呟いて。
マーサ
さっきよりも、より一層冷え々とした声が降って
くる。
まったく振り向かない娘に、悲しそうに微笑み
ながら、アリサは手にしていた名もない花をそっ
と地に置いた。
ママ、もう行かなくちゃいけないの。ごめんなさ
いね。
闇に響いたその声は、儚さを含んでいた。
マーサは、目に涙を浮かばせながら、必死で
祈った。
ビュウと強い、強い風が吹き荒び、地に置かれ
ていた光りの花が散った。音もなく、そっと。
跡形もなく、まるで最初から存在していなかっ
たように、静かに。風に舞って、闇に溶けた。
マーサは堪らず、振り返った。
ママ!
そこにはただ、闇だけがあった。
何日かして、蒔いた種は花となった。朝も昼も
夜も、その名もない花は咲き続けた。
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