日暮れの家/石瀬琳々
 
裏木戸を開けると
ひぐらしがないている
あの木の下
薄暗い桜の木の下で


闇間に鼻緒が見えている
そり返った白い足の指が
細い脛が折れそうにのびて
あの時もひぐらしがないていた
風もないのに風鈴が、ちりん、


――行かないで


乾いた音を、立てて、
呟いたのは自分だっただろうか
崩れる誰かを抱きしめた
感触だけがこの手にあるような


耳もとのすぐ近くで
ひぐらしがないている
誰もいない家に
裏木戸は堅く閉ざされたまま



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