善いものに似ていた/依
無機質な玄関で
蝉が震えていた
柔らかく透明な
命の中心を捕まえて
僕は木の根元で蝉を放した
けれどその木に蝉は止まらず
僕の掌を蹴って飛び立った
まるで七日間の全てを振り絞るように
生き急がせたという事実は
やさしい偽ものみたいな輝きで
善いものに似ているような気がした
アスファルトで終えるよりは
ずっといいように思えたから
後悔はしない、と呟いたけれど
それはきっと泣き声に近かったかもしれない
善いものに似ていた
善いことではなかった
夏の午後に蝉は飛んで行った
僕はまだ幼かった
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