『朱夏』/東雲 李葉
 
ずっと忘れていた気がする
夏は何より朱いこと
日差しがこんなに眩しいから
かざした手中に映る疾走

『朱夏』

海の音が聞こえてくるのは
遠い遠い昔の記憶
彼方の空に見えるのは
旋回している竜の尾っぽ
その軌跡をなぞる指が
やがて未来を一つにする
足首まで呑む波の舌に
親しさ と 恐ろしさ を感じた私と
浮かんでくる受胎の記憶に
閃光 と 空白 とを反芻する貴方と
私は何も知らなかった
ここから外へ出るまでは
空の深さも遠さも青さも
木漏れ日の色も波の熱も
何も気付かなかった 知らなかった
背伸びをして遠くを眺める影の黒
日差しを避ける掌の色
私は短い夢を見ているだけで
そこの中では気付けなかった
命短し蝉の声 熱い風と夏の色
何度でも見るあの瞬間の血管の朱 朱 朱

夏は何より朱いのだ
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